これの前に何か手芸の歴史の本を読んで、ちょっと専門的すぎて退屈だったのよね。
なので、より一般的な本を読んでお茶を濁すことにした。
読みやすくてさくさく読めてよかったですよ。
フランス革命史を専門にする学者とはスタンスが違うだろうけど。
まあこれだけを読んでデュバリー夫人なりアントワネットなりのことを網羅するのは
無理ですから、そちらをメインに知りたい人は別の本を読んだ方がいいです。
わたしはルイ13世、14世、15世、16世あたりが覚えられなくて……
ここらへんはいろんな本に出て来るので、何度も何度も読んだ。
だがその時だけは覚えても、すぐ忘れてしまう。
これを機会にメモっときますか。
ルイ13世。マリー・ド・メディシスの息子。母と対立。……あ、やべ。
カトリーヌ・ド・メディシスと混同しているわ。カトリーヌは3王を生んだ母。
ノストラダムスを重用。
マリーはルーベンスに連作を描かれた人。リシュリュー枢機卿を登用。
ルイ14世。脚自慢。太陽王。だが全フランス的にはピークでもないのか……?
ルイ15世。ルイ14世は曽祖父。遠いねー。5歳で即位。
ポンパドゥール夫人とデュバリー夫人。愛妾いっぱいで最愛王。
この人の時期がピークなの?終わりが見えた最後の輝き?
ルイ16世。15世の孫。アントワネットの旦那。錠前屋。
悪い人ではなかったかもしれないが、あまりお利口ではなかったようだ。
父ー子と素直に継承されていればもう少し覚えやすかったかも。
曾孫とか孫とかの継承がわかりにくいんだよなあ。
そしてデュバリー夫人。
正直内容はあまり覚えてない。水商売出身だったことしか。
でもそんなに悪辣なことはしてない様子。濫費はしたが。最晩年の公妾。
アントワネットに無視されてたのはこの人だったか。
この対立は、オーストリアにはない公妾制度(←マリア・テレジア女帝なんだから当然)と
フランスのだいぶ放漫な宮廷生活の違いがぶつかった結果なんだね。
デュバリー夫人はどっちかというと温和な人柄だったらしいよ。
ルイ15世が死んでからは修道院に閉じ込められてけっこう苦労したらしいけど、
社会的に復帰してからはまあまあそこそこの暮らしをしたらしい。
幾人もの人と浮名を流しながら。
でもこの人は、フランス革命でギロチンにかけられちゃうんですね……。
しかも一度はイギリスに亡命してそれなりに安全を確保していた状態から
2年後、わざわざパリに戻って捕まってギロチンだというから。
パリに戻って来たのは、埋めて置いた宝石を掘り出すためだと言われてるそうだ。
あ、宝石は好きだったんだって。やっぱりお金は好きだったのかもね。
アントワネットが10月に処刑され、この人は12月。
恐ろしかっただろうね。
ギロチンという簡易的な手段を得たことによって、1300人という人々が処刑された。
ある意味では人道的だった半面、
流れ作業の裁判から処刑によって数が増えた側面はあるだろう。
この著者は、あとはカサノヴァ関連の1冊を読んで終わりかなあ。
他にも3冊ほどあるんだけど、手芸の歴史とか、ちょっとニッチな内容なんだよね。
面白そうと思ってリストアップしたんだけど、レースの歴史がいまいちだったので……。

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